Tany's Blog

「何を作るか」だけを考えていい時代が来た


気づけば 2025 年も終わりですね。早いもので転職してちょうど半年経ちました。

文化祭の前日のように夢中になれる仕事と出会った話

2025 年は、自分にとって単なる「環境の変化」以上の意味を持つ年でした。 一言で言えば、AI というレバレッジによって自分自身の「エンジニアとしてのあり方」が根本から再定義された 1 年です。

自分の手が動くスピード以上に、アイデアが形になっていく。 もともと「多動的」だった自分の仕事のスタイルが、AI によってさらに拡張された感覚があります。

新しい会社での最初の半年を終えるこのタイミングで、激動の変化があった 1 年を振り返っておこうと思います。


もともと自分は、「どうやって作るか」よりも「何をつくるか」を大事にするタイプでした。

エンジニアになろうと思ったきっかけも、ものを作る人への憧れはもちろんありましたが、どちらかというと**「自分が作りたいものを、人にお願いしないと作れない」 という歯がゆさ**から、「だったら自分で作ってしまえ」という発想でした。

そういう背景もあってか、良くも悪くも「自分は純粋なエンジニアではない」という感覚がずっとどこかにありました。 今目の前にある課題をどうやって解くか、そのためにどんなソリューションが考えられるかを考えるのが好きなタイプ。 でも、自分の技術力やリソースがボトルネックになって、やりたいことは 10 あるのに、実際に形にできるのはせいぜい 2 か 3。すべてを実現することは到底できませんでした。

それが AI によって、このたった 1 年で「開発(実装)」という工程が飛躍的に楽になりました。 実装のクオリティはもちろん、人のリソースと違って並列的に処理できることで、スピードも担保できる。質の高いプロダクトを、驚くほど速く形にできるようになりました。

これまでボトルネックになっていた実装のコストが極限まで下がったことで、自分の思考のスピードと、プロダクトが形になるスピードが同期し始めた。そんな感覚を得られました。 これは単なる効率化ではなく、大きな転換点でした。 多方面への興味関心やアイデアといった自分の強みと、エンジニアとしての技術力を掛け合わせることで、仕事のあり方そのものが変わったと感じています。


自分がこの変化を実感し始めたのは、2025 年の 2 月頃でした。 Devin のような自律駆動型の AI ツールや、Cursor のようなエディタ統合型の AI が登場し、大きな話題になったのを覚えています。 当時はまだ、GitHub Copilot の延長線上にある「エンジニアの手助け」という雰囲気でした。重複したコードを書かなくて済む、これまでのコードから次を推測してくれる。あくまでエンジニアが主役で、AI は有能な助手という立ち位置。

しかし、Claude Code の登場あたりから、空気が一変しました。「これは、エンジニアの仕事を置き換えてしまうんじゃないか?」 そんなインパクトが広がり、「エンジニアの仕事って、そもそも何だ?」という問いが嫌でも突きつけられるようになりました。

海外テック企業でのレイオフのニュースも重なり、エンジニア不要論や不安を煽るような論調も増えました。

もしかしたら、次の半年でまた状況はガラッと変わっているかもしれません。でも、この激動の 2025 年 12 月時点で、自分が確信していることがあります。 それは、**「やっぱりまだ、エンジニアリングの知識は必要だ」**ということです。

AI が生成するコードは、動くし、綺麗に見える。でも、

  • 「この設計は半年後の拡張に耐えられるか?」
  • 「セキュリティ的に、本番運用していいレベルか?」
  • 「そもそも、この仕様で本当にユーザーは救われるのか?」

こうした問いに答えられないまま、AI が生成したコードをそのまま本番環境にリリースするのは、**「まだ」**難しい。 PdM やデザイナーが最新のツールを使ってタスクを依頼しても、なかなか本番コードにマージできず苦労している姿を何度も見てきました。

また、デザイナーが作った 3D モデルのようなグラフィックを WebGL で実装したり、音声入力をベースとしたストリーミングアプリケーションを作ったりといった、これまで事例の少ない領域では、AI の精度が著しく落ちることも実感しました。 こうした専門的な実装では、AI に依頼するにしても、グラフィックの知識や物理演算の仕組み、音声チャネルの接続方法やブラウザのサポート状況など、深いコンテキストを自分で持っていないとうまくいきません。 もしかしたら、これも今後は些末な話になるのかもしれません。でも、AI のインプットが Web 上の膨大な情報である以上、情報が少ない領域では人間の専門知識が求められる。少なくとも今はそういう状況だと感じています。

では、AI を使いこなせる人とそうでない人の差は何なのか。 それは、泥臭くコードを書いてきた経験や、泥沼の運用を乗り越えてきたバックグラウンドから生まれる 「審美眼」 だと思うんです。

AI をフル活用しつつ、要所ではエンジニアとして守るべき一線を守る。 任せられる部分と、自分が判断を譲ってはいけない部分を見極める。圧倒的なスピードを手に入れた今だからこそ、この「目利き」の力がエンジニアの新しい価値基準になるのだと感じています。

逆に言えば、コードを書くこと自体は AI がこなせるようになった今、それを活用できなければスピードで負けてしまうのも事実です。 時代の流れが「どう作るか」から「何を作るか」へとシフトしていく中で、もともと「何を作るか」を考えるのが好きだった自分のスタイルが、驚くほど今の時代にフィットしている。そんな手応えを感じた 1 年でした。 とはいえ、来年の今頃には、ここで書いたことがまったく意味をなさないくらい状況が変わっている可能性すらあります。 こんな激動の時代にエンジニアとして現役でいられることに感謝しつつ、自分はこれからどう変化していくべきか、改めて考えるいい機会になりました。